2020年03月03日

幻の中にある宇宙

地球を覆っている物は銀河、銀河を覆っている物は宇宙、では宇宙を覆っている物は何? これは小学生の頃には誰もが疑問に思った事ではないでしょうか? これに答えられる科学者は一人も居りません。 ある科学者が、宇宙はビッグバンによって創造されたのだ!と言います。 百歩譲ってそれは正しいことにいたしましょう。 でもその無数の銀河を覆う暗闇…つまり宇宙を覆っているものは何ですか?と問いかければ、それは考えなくて良いらしいです。 どうして??? とにかく簡単に言えば、まず暗闇の世界(空間)があって、150億年前?の有る時、その中に有ったひとつの超巨大な塊が突然、ビッグバンを起こし、それら無数のデブリーを覆ったガスが数十億年かけて膨張し、その過程でデブリーは徐々に球体に変化しながら四方八方に散らばり、そして一つ一つの銀河系を無数に造り出し、その中にありとあらゆる無数の星というものが約100億年?近くかけて物理科学的に形成されて、150億年後の今日、宇宙全体が創造されたということのようです。 宇宙を創造した別の世というものは無く、あるいは宇宙を覆っている物は無く、この道理だけでこの世の事象を理解し、浮世に浸りながら生活してゆくことは私には当然出来ません。 そう感じる人はとても多いと思います。 私は仏教で説かれている空という言葉が大好きです。 「有るようで無い! 無いようで有る!」 まさにそれが空なのですが、私はこの真理にはとても感動させられています。 自然科学しか受け入れる事の出来ない人はビッグバンからのお話しからしか理解出来ないようです。 また未科学をも信じる人は非科学的な四次元や五次元や六次元といった空想の世界に入りたがります。 宇宙を覆っている物、またその覆っているものを覆っている物、この理屈には果てが無く、それは永遠に続きますね。 私はこのことを小さいころからいつも考えていました。 そして私なりに辿り着いたのは意識というものでした。 多種多様の意識というものがある源から発生し、何らかの世界に無数に存在していて、その意識のひとつひとつが宇宙を行ったり来たりしている、または、させられているのではないかと考えるようになりました。 神佛にも人間にも動物にも昆虫にも、あるいは微生物や植物までにも…すべての生物には意識というものが有って、それらが幻の世界と宇宙(自然科学現象)の世界を行ったり来たりしているのではないか、と考えています。 また宇宙の世界においては、意識は現実として宇宙に住むことも出来れば、宇宙から離れ、宇宙そのものを消してしまうことも出来るように想えるのです。 ただし幻の世界においては、意識は自らの力で物質や現象を現実に観たり、消したりすることは出来ないように思います。 なにか大きな力で支配され、気まま勝手なふるまいが自由に出来ないように、コントロールされているような気がします。 それはいわゆる神の意識(威力?)によって、または佛の意識(威力?)によってかもしれません。 こういう話をすると必ず自然科学の中の物理科学や生命科学といった科学しか受け入れられない無明な科学者は笑うかもしれませんね。 でも本当に笑っててよいのでしょうか? 私は今、確かに宇宙という物に覆われた自然科学の中で現実に生きています…あるいは生かされています。 物に触れる感覚や感触を持ち、いろんな景色を眼という物質で見ることが出来、いろんな匂いを鼻という物質で嗅ぐことが出来、いろんな食べ物を舌という物質で味わうことが出来ます。 身体の快感もあれば心の喜びも有ります。 逆に身体の痛みもあれば心の苦しみも有ります。 それはおそらく意識が、空で説かれている「有る」という世界に来ることを選んだ…あるいは選ばされたからその事象を長年、受け入れなければならないようです。 では意識が、空で説かれている「無い」という世界に戻れば…あるいは戻らされたならばどうなるのでしょうか? つまり死を迎え、この「有る」という世界の人間の肉体という物質全体から離れればどうなるのでしょうか? いわゆる魂というものに変わり、その辺りを浮遊するのでしょうか? あるいは光か影の様な素粒子になって青空や夜空などと一体化するのでしょうか? 今、身体に眼というものが有って見えている宇宙や星や空や大地や人や動物や植物という物理科学や生命科学の世界から離れれば、どうなるのでしょうか? こういったすべての事象が、いわゆる空の捉え方のひとつだと考えてください。 私は小学校のころから授業中でも家にいる時でも暇になれば外を眺めてみてはそんなことを良く考えていたことを思い出します。 今、皆さんはどうでしょうか? 仕事が忙しくてそんなことを考えている暇がありませんか? 家庭生活をやりくりしていてそんなことを考える時間がないでしょうか? あるいは人との付き合い方や人間関係に四苦八苦の毎日でしょうか? それとも、そのようなことを考えるのはバカバカしいですか? 今はコロナウイルスで不安な毎日を送っている人でいっぱいですね。 外に出ることを控えなければなりません。 現今、文明社会が相当進化し、科学技術が相当進歩し過ぎたせいか、人間の心を主とした基本的精神(事象を知る精神)が薄れてきているように思います。 このパンデミックの世の中で人間としての心の正しい有り方は無論、この世(宇宙の世界)から離れて、幻の世界へ向かって帰ってゆく心得を、私を含めて各々一人一人がしっかり感得する次期にさらされているのではないかと感じている今日この頃です。
posted by 浅田先生 at 03:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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