2026年 あけましておめでとうございます。 新年初のブログはまた仏教の大切な教えをお伝えしたいと思います。 関西にお住いの方なら 奈良の法隆寺などに一度は行かれた方は多いと思いますが 大宝蔵院(百済観音堂)内に国宝の玉虫厨子が安置されております。 そこに描かれている数種類の絵画の中で右側面に捨身飼虎図というのが有ります。 これはお釈迦さまの前世の物語を画像化したもので それはジャータカ(紀元前3世紀頃に成立した釈迦の前世の物語)として出版されている仏説からヒントを得て その数世紀後 仏教が中国に入り賢愚経や金光明経として出来た漢訳の経典の中に語られています。 内容は はるか遠い古代にマハーラタという王様がある国(たぶんインド?)を治めていた時代の話です。 紀元前何年かは はかり知れませんが お釈迦様がまだ如来になられていない前世の時代ですので はるか遠い大昔の古い古い時代ですね。 王様には三人の息子が居られました。 長男がマハーパーラ 次男がマハーデーヴァ 三男がマハーサッタという名前でした。 ある日 父親のマハーラタは息子三人を連れて山の散歩に出かけました。 ある林の中で昼食をとった後 王様とその三人の息子たちは別々の道を散策しながらお城に帰ることにしました。 息子たち三人はしばらく歩くと道端にうずくまる一匹の牝虎が七匹の子供を抱えて 餓死寸前の挙句 息絶えていく瞬間を目にしました。 それを見た長男のマハーパーラは「この弱った母虎は飢えて仕方なく子供たちを食べてしまうかもしれないなぁ。 可哀想だが仕方がない。」というような憐れみと情愛を感じながら立去りました。 次に次男のマハーデーヴァは「哀れで非常に悲しことだが 自分に助けてあげる手段が分からない。」というように長男と同じく憐れみと情愛を感じながら立去りました。 しかし三男のマハーサッタは「私の身を役立てる時が来た。 この母虎と子供たちに私の身を捧げよう。」と決意し 衣服を脱いで傍に落ちていた尖った竹棒で自分の身体を突き刺して 流血したその血の匂いで その虎たちの前に身を投じて母虎とその七匹の子供たちに我が身を食べさせました。 そのおかげで虎の親子たちは体力を回復させることが出来 生き延びたのです。 どうでしょう? これは現代社会の人間たちに真の情愛と誠の慈悲愛でもって隣人を助ける心得を示しています。 もちろん実際に飢えた動物や愛する人や神のために我が身を捧げるような献身自死や人身御供・人身供犠といったような自ら生贄じみたことをしろということではありません。 この説話はあくまでも現代社会の人間たちへの比喩なのですが 現代社会においては利他愛や情愛といっても「あの人 可哀そう…」「この人を助けてあげたいが…」「国か誰かがあの哀れな人を救ってあげれないかな〜」という言葉だけで 実際に救う行動を起こしていない人間たちへの説法なのです。 お金で困窮している人が居ればほんの少しでも自分の貯金や収入から… 食べ物で困っている人が居れば少しでも恵んであげる… 病気で苦しんでいる人が居れば良く効く薬を探しに行って与えてあげる… 必死に仕事を探していても仕事が無く困っている人が居れば自分も一緒に探してあげる… といった様な行為など そういった真の情愛を神仏は人間に求めているお話なのです。 そして言うまでもなく その三男のマハーサッタはお釈迦様の前世だったのです。 お釈迦さまは如来となって人間の姿を借りて紀元前565年4月8日にお誕生された後 530年から486年2月15日に涅槃されるまでの いつかの期間のどこかで 仏弟子たちに真の情愛や誠の慈悲愛を教えるため 当時の凄まじいインド社会において そのご自身の前世のお話をされたそうです。

